カオサン近くのマッサージ店に入った。
特別に腰から背中にかけてのオイル・トリートメントだけをお願いし、そのため50バーツの追加料金を取られた。
まぁ、しょうがない。
今は、この痛みが取れるのだったら幾ら掛っても仕方がないと思った。
幸い施術は料金に見合うだけの素晴らしいもので、完全にとはいかなかったが、まず、普通に痛みなしで歩けるくらいに回復した。

腰が良くなったら、腹も減る(なんでやねん)
バンコク初日の夜にカオサン通りで最初に飲食したレストランに入る。
カオサン通りからランブトリ通りへ抜ける小道のカオサン入口側のあるネットPCが設置されているレストランと書けば、分かる人は分かるだろうか。
パッタイとビールを注文し、晩御飯を食べながらサッカー中継を眺めたり、カオサン通りを行き交う人の流れを眺めたり、まったり時間を過ごしていた。
腰が良くなったお陰で、だいぶ気持ちも良くなり、さぁ、これからバンコクの夜を駆け抜けるぞ!
(パッポン、タニヤにスクンヴィット・・・Go,Go)
と気合を入れて、飲食代を清算し、店を離れて100mほど歩いた時、ふと、気がついた。
あ!(これの×5倍ぐらいの衝撃)
デジカメ(ニコンのコンパクトカメラ)をレストランに忘れた!
なんと自分のしたことか、あんまり気分よく時間を過ごしたせいか、パッタイやレストランンの風景など撮影し、テーブルの上にカメラを置いたまま店を出てしまったのだ。

まだ店を出て数分だから、大丈夫。
自分に言い聞かせて急ぎ歩きで店に戻ったが、最悪の結果が待っていた。
店の店員、オーナー、周りのお客に聞いてもカメラは知らないと云う。
お客は当然だとしても、少なくても僕の皿を片づけた従業員は知らないはずがない。
店のオーナーにそのことを熱心に伝えても知らないの一転ばり。
僕のテーブルの傍にいた従業員にも聞いたが知らないを繰り返すばかり。
あぁ〜ついにやってもうた。
幸いカメラは無くした(盗まれた?)コンパクトカメラ以外に一眼レフカメラがあるので旅には支障はないが、問題はカメラ本体ではなくメモリーの方だ。
スコータイ出発からバンコクまでの途中の風景や、北バスターミナルの模様、ランブトリー・ホテルの様子など枚数は大した数ではないが、旅の貴重な記録が失われてしまった。
(その為に、カオサンのゲストハウスの内容や、北バス・ターミナルのファランポーン駅行きの乗り場の画像も失われてしまった・・・)
自分の落ち度であることは間違いないが、池とか川とかに落っことして失くしたのならまだ諦めがつくが、まさかこういう形で無くすとは、全くの想定外だった。
以前も同じような状況でサングラスを無くしたが、その時も店員は知らないといってそっぽ向いて終わった。
日本ではまず同じようなことが起きても、店側で保管してくれるものだが、やはり、タイを甘く見ていた。

一番は、旅が呑気に進んでいることに気が緩んだ自分が悪いが、それにしてもねぇ・・・・
悔やんでも悔やみきれないわ。
しかし、この夜は、これで終わったのなら、たぶん、後々、あーあんなことがあったなぁぐらいのささやかな出来事だったかもしれない。
本当の、自分史上最大の事件はこの後に起こる。
いくら説明しても一向に埒が明かない事に、すっかり諦めてしまった僕は、店を出て、トボトボとラーチャダムヌーン・クラン通りに向かって歩き始めた。
特に目的があったわけじゃない。
カオサン通りの浮かれた人ごみを避けたかったことと、いっそこのままタクシーでタニヤまで飛んでお姉ちゃん達に慰めてもらおうか、まだ、そんな浮かれた気分で歩いていた。

歩き始めて数分後、ラーチャダムヌーン・クラン通りに入って4,5メートルのところで後ろから声を掛けられた。
振り向くと見覚えのある顔で、カメラを取られた店で僕が食事していたテーブルの右斜め前で一人で食事していた年齢は30代後半ぐらいの森クミコを一回り小さくしたような小太りな叔母さんだった。
普段なら完全に無視してしまうところだったが、状況が状況だったこともあるし、なんと云っても驚くべきはその叔母さんがたどたどしいながらもはっきりと日本語で話しかけてきたからだ。
時計は夜9時を廻っていたと思う。
叔母さんは10年ぐらい前に日本で働いていたことがあり、その時に日本語を覚えたそうだ。
叔母さんの名前はアーといい、カオサン近くで洋服を売る出店を開いていて、仕事終りに、あの店で食事をしていた時に、僕を見ていたそうだ。
日本語が分かる、そして、カメラ事件の状況を知る人に出会い、何かしら情報が掴めるのではないかと藁にもすがる思いで、叔母さんにカメラを無くした時の状況を説明した。
しかし、叔母さんの口からも知らないとしか返って来ない。
そりゃそうだろう、自分が同じ立場なら他人がテーブルにカメラを置いてることを気に掛けるわけがない。
ここにきてカメラについては完全に諦めがついた。しかし、メモリーが・・・
叔母さんは、そんな僕の落ち込みを気遣って、近くのコンビニに立ち寄って缶ビールをご馳走してくれた。
すると、暫くして、叔母さんの同僚だという女性が遅れてやってきた。年もやはり叔母さんと同じぐらい。叔母さんの分かりやすいキャラクターと違い、こちらの方は名前はもちろん、容貌まで印象に残らない美人でもなくブスでもない普通の女性だった。
叔母さんが電話で呼んだのかも知れない。
何かちょっと変だなぁ・・・という気がしなくもなかったが、叔母さんの優しい慰めに気を良くしたのか、カメラを無くしたことで緊張感がプツっと切れてしまったのか、
3人でラーチャダムヌーン・クラン通りのベンチに腰掛け、即席酒盛りが始まった。
今までこんな経験はしたことが無かったが、その日は特別だった。
これも一つの出会いなのかも・・・旅は、出会いと別れの繰り返し。
カメラを無くした代わりに、タイで素敵なタイ人と出会う。
これぞ旅の醍醐味なのだ!神様、素敵な出会いをありがとう!
と、ここで終われば、旅の美談として永遠に語り継がれるであろう一夜だったのに・・・
まさか、すべてを失う夜になるとは・・・










