アジアの果てへの旅~インド・タイ・バリ島・カンボジア・ベトナム・ラオス・ニューヨーク旅行記

英語ダメ、汚いのダメ、小心者でメタボな不惑の男のインド、タイ、バリ島旅行記。汗と涙と牛と牛のウンコと下痢との戦いの記録。怒涛の一人ボケと突っ込みの嵐

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プノンペンの黄昏(2009年カンボジア旅行記)
プノンペンとはどんな街かと聞かれれば、一言、汚い街。
しかし、しょうがないわな。
内戦が終わってまだ十数年、漸く全国のインフラが整い、これから本格的に経済成長が始まる段階だから、そこをいちいち突っ込むは心忍びないが、やはり書く。
汚すぎるぞプノンペン
全く市場の屋台街なんて、ゴミの上で飯食っているような気分になるぞ。
とにかく、カンボジア人の食べ方が汚い。
食べカスや口や手を拭ったティッシュをそこらじゅうに捨てるから、最初はきれいな屋台街も時間が経つにつれてゴミだらけになってしまう。
まったく、その習慣だけは改めてくれんかのう。カンボジア人よ

それとタイに1ヶ月半過ごしたが、インフルエンザは兎も角、下痢などの旅に有り勝ちが健康不良は一切なかった。
カンボジアに入った途端に下痢になった。
一概に衛生状態が悪いとは言えないが、タイより明らかに悪いという印象。
ヨーロピアンなレストランで食事をしている分には問題ないだろうが、市場食が好きな自分としては、カンボジアに限っては、それを断念した。
因み、症状は軽かったので、正露丸を2、3日服用しただけで収まったから、下痢といっても大したことはなかった。

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一見するとアジアでは、どこでも見られる市場の風景だが、ふと足元を見たらネズミの死骸があったりして、
お世辞にも衛生状態抜群とは言えない。
この国だけは、まだまだ健康管理に注意して旅をする必要があると思った。

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さすが首都だけあって、街並みは、他のアジア諸国と比較しても負けていない。
いや、予想以上に発展しているのには、びっくりした。
海外からの投資も順調らしく、市の中心部では、幾つかの大型施設の建設が行われていた。
完成予想図では、かなり豪華な高層ビルになるようだった。

車の数とバイクの数では、ややバイクが上回っているいる感じで、交通量も多く、かつ、荒っぽい。
信号機も少ないので、道路の横断には非常に注意がいる。
ただ、市内は交通量が激しくても、その分、たいしてスピードも出せないので、コツさえ掴めば、道路の横断も対して苦にならない。

市内移動は、バイタクが基本だが、たいていの見どころが徒歩圏内だったので、それを利用することはなかった。
とにかくウザくて、しつこい連中だった。
ただ、日本人と見れば、”オンナ、オンナ”と声を掛けてくるのは、我が同胞の諸先輩方が、この国でしてきたことの結果だろう。
少々、情けないやら、恥ずかしいやら。
(ほんとにPKOしてたのかね?置屋開発の支援だったりしてね)

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プノンペン市内に限らず、カンボジア全体に云えることだが、中国資本がかなり流入していることが伺える。
中国語の看板も多いし、中国系のレストラン、ホテル(~大酒店)も非常に多い。
経済成長が著しい中国だが、今回、アジア諸国を回った感想は、想像以上に中国の経済的存在感が大きいことだった。
観光客も非常に多い。どこに行っても中国人の団体観光ツアー御一行の姿を見かける。(非常にお行儀が悪いんだわ、彼らは・・・・)
残念でもないけど、アジアにおける、日本の栄光は、恐らく殆どの産業分野で過去のものとなる日がそう遠くないと実感した。
家電製品は、何れ、韓国、中国に置き換わるだろう。(アジアではLGが特に目立つ)
食品も同様だ。中国系食材が豊富に出回っている。食文化的には、中国文化圏に取り込まれているようにも感じる。
携帯電話は、サムソン、ノキアでほぼ寡占状態だろう。
PCは、台湾のエイサーが強い。ソニーのバイオも売られているが、価格的には、エイサーに及ばない。市中で、使われているのもエイサー、HP、Macが殆どで、バイオを使っていたのは、僕ぐらいだろうか。
唯一生き残るのは、自動車だけだろう。どの国も車に関しては、日本車はシェアが圧倒的だった。
しかし、それも安心してはいられないだろう。ジワジワと韓国の現代自動車(HYUNDAI)も数を伸ばしているだろうし、タイでは、あのインドのTATA自動車のディーラーも見かけた。
いよいよ、日本も黄昏の時代に突入したきたかのかなぁという印象をアジアの街角から思った。

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たいして見どころのある町ではないが、夕暮れ時のトンレサップ川沿いは、なかなか雰囲気よく長閑でよろしかった。
夕涼みにたくさんのプノンペン市民、観光客が訪れていた。
特に何かするわけでもなく、家族づれやカップルたちが、くっちゃべったり、ただぼんやりと河を眺めながら時間を過ごす。
なんか平和っていいなぁとしみじみと思った。
長い間の内戦で、数百万の犠牲者の上に手に入れた平和だから、感慨無量だね。
もう絶対に、この平和は手放さないで欲しい、そう願うトンレサップ川沿いの風景だった。

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この川の周辺には、高中クラスのホテルから、安宿まで一通り揃っている。
また、欧米人に人気のレストランもここに集まっているので、観光客には一番利用しやすいエリアだ。
当然、それを狙う怪しいバイタク、トゥクトゥク連中もここに集まってくるのでご用心を。

さて、お待ちかねの(誰も待ってねぇって)、夜のプノンペン情報ですが・・・・今回は、なしです。
というのも、一応、歩いたは歩いたが、正直、

夜のプノンペンは怖い

特に何かあったわけじゃないけど、なんか雰囲気が怖いのよ。街灯も少ないので、真っ暗になる通りが結構あるし、暗闇から突然バイタクが近づいてくると、引ったくりか!?と身構えてしまう。
常に緊張感を持って歩かなければならない、気軽に探検なんて云って歩ける街じゃなかったね。
小心者でへたれの僕には、到底踏み込めない、初心者、素人お断り的雰囲気の夜のプノンペンでした。

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この悲劇を繰り返さないために・・・(2009年カンボジア旅行記)
プノンペンは別に観光都市という訳じゃないから、特に見どころって云えるものはないんだけど、
強いてあげるなら、トゥール・スレーン博物館。
別名、ジェノサイド(虐殺)博物館。
というか、これを見るため以外には、観光的には殆ど用のない街がプノンペンだ。僕もそのために来た。
アンコール・ワットとトゥール・スレーン博物館がカンボジア観光の最大の見どころですな。
前者は、クメール文明の輝かしい歴史遺産だが、後者は、人類史の汚点のような出来事が、このトゥール・スレーンと呼ばれる政治犯収容所で行われた。

詳細は、ウィキペディアのS21トィール・スレーンを参照してください

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元は学校だった建物を政治犯収容所として利用した。
中の様子はこんな感じです。

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全て、ここで殺されたと云われている人たちの写真が展示されています。

無知を曝け出して恥ずかしいが、実は、ここで子供たちも犠牲になったとは全く知らなかった。
それまでの知識では、クメール・ルージュの新国家建設の過程で、既に資本主義、近代文明に染まり切っている大人たち、特に知識人、資本家、商人、医者やジャーナリストなどは粛清の対象となったが、子どもたちはまだ、それらに染まり切っていないので、寧ろ、監視、監督、虐殺側に回ったと思っていたが、実際には、どういう理由で、子供たちが”反革命的”になるのか理解できないが、この収容所で犠牲になっていたことにまず、正直、びっくりした。

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拷問が行われた部屋。
骨組だけのベッドと壁には、その時の様子を描いた絵が展示されている。
拘禁反応と云って、長時間に渡り、逮捕、拘束が続くと、精神に障害を引き起こすことがある。さらにそれに拷問が加わると、苦痛を和らげるために、また、相手の期待に応えるために、やってもいないことをやったと云ったり、知らない事実も知っていると云ったり、
そのため、他の”反革命分子”の名前を挙げろと拷問されれば、全く関係ない自分の知り合いの名前を出しして、次から次へと犠牲者を増えていく。
ここから虐殺の連鎖が始まった。
しかし、彼らを責めることはできない。そうしなければ、楽に死ぬことができないからだ。
一度入ったら、二度と生きて出ることのできない刑務所だった。

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独房なのか、留置所なのか。
一畳ぐらいの小部屋が、元教室だった場所に築かれていた。ここを一人で利用していたと思えない。
何人か詰め込まれていたのだろう。
トイレも水道もない。

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この事件の特徴は、多民族、多人種に対して行われたのではなく、自民族、自国民に対して行われたことである。
これと似たケースとしては、スターリンにより大粛清(これも実態が良く分かっていない)、中国文化革命時の大粛清(これも実態が分かっていない)、
北朝鮮の日常的な粛清など、殆どが共産主義国家で行われている。
どの国も指導者に権力が集中し過ぎている時に、このような事件を引き起こす傾向があるのだろう。

クメール・ルージュの場合、誰もが平等で、貧富の無い、幸福な社会を実現するために、この大虐殺事件を引き起こした。

人間は、凄い。
どんな崇高な理念を掲げて大虐殺が行えれるのだから、

この事件をカンボジアカンボジア人だけの問題だとして見ると、恐らく、いつまで経ってもこのような事件は無くならないだろうね。
殺された側は、もちろん罪はないが、殺した側の罪も中々訪えそうで訪えない。
実際、クメール・ルージュ崩壊後、この事件で裁かれた人は殆どいないはず。
というのも、この収容所に関係した人たちも、その後、口封じのために全員、処刑されたから。
罪を訪われたわけではなく、口封じのために。
虐殺に加担した人たちも、特別サディストでもないし、殺人が好きでもない。(そんな人間は稀だ)
たぶん、いい人たち、普通に人たちだったと思う。
家庭であれば、良き父親であり、良き夫であり、友人に愛され、良く働き、立派な社会人だったと思う。
そんな人たちでも、ある状況かに置かれると、自分の生命を守るために虐殺者となる。
もし、自分も同じ状況に置かれたら。
ある囚人を自白されないと、自分の処置が生ぬるいからと指摘され、遂には、反革命分子に自分も疑われてしまう恐れがある環境下にいる場合、絶対に、自分だけは、虐殺に加担しないと言い切れるだろうか?
(それ以前に、そんなことをさせる政府を作らせないことも大事だが)

おそらく虐殺というのは、何ら落ち度のない普通の人々が、これまた何の落ち度もない普通の人々によって意味なく殺されることなのだろう。
今も、どこかで行われている。間違いなく。

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クメール・ルージュは、ベトナムが支持するヘンサムリン政権によって撃退され、この収容所の存在が明らかになるのだが、
そのため、この収容所には、ヘンサムリン政権を正当化するベトナム政権のプロバガンダ的要素がある。
これを見た率直な感想を云えば、実は、余り、その悲劇性が伝わって来ないのだ。
カンボジアとしての当事者意識が低いというか、何か、どこかの海外勢力がカンボジアで虐殺を行って自分たちは関係ありませんみたいな、他人事のような冷めた印象を感じた。
来場者も海外旅行者が殆どで、カンボジア人らしき来場者は一人も見かけなかった。
この国では、この事件を真正面から受け止める用意がまだ出来ていない感じがした。
もう少し、時間が掛るだろう。

因みに、クメール・ルージュを支援していたのは、中国とアメリカで、中国はその思想から云って当然だと思うが、アメリカ場合は、ベトナム憎しの感情で、クメール・ルージュを支援した。アメリカの自由と正義はいい加減で、胡散臭い。
そのアメリカ大好きのカンボジア人もかなり胡散臭いが・・・・

最後に、クメール・ルージュ支配当時のプノンペンと現在のプノンペンを比較した写真が展示されていた。
瓦礫の廃墟と化した街から、よくぞここまで復興したもんだと、涙が出そうになるくらいに感動した。
人間本来の役割を正しく用いれば、廃墟の町もネオン輝く街に作り変えることができるんだよね。
まだまだ、ぜんぜん、貧しいけども・・・

がんばれ、カンボジア!もうちょっとだ。

さて、夜のパトロールに出かけますか。

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◆ プロフィール

はにゃ

Author:はにゃ
遅咲きのバックパッカー
人生とは、月を見たり花を見ること
心はいつもアジア放浪中

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