アジアの果てへの旅~インド・タイ・バリ島・カンボジア・ベトナム・ラオス・ニューヨーク旅行記

英語ダメ、汚いのダメ、小心者でメタボな不惑の男のインド、タイ、バリ島旅行記。汗と涙と牛と牛のウンコと下痢との戦いの記録。怒涛の一人ボケと突っ込みの嵐

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アヴァロン(Avalon)
居心地が悪い。

どうも日本は居心地が悪い。

たった2か月程度で、もうお前は帰国子女気どりか!?と思われようが居心地が悪いものは悪いんだから仕方がない。
桜満開、春暖かな日本から思いきや、なんつう寒さなんじゃ
先週は、雪までチラついた。これじゃニューヨークの方が暖かいじゃないか!

電車に乗っても、テレビを見ても、街中を歩いても居心地が悪い。
広告だらけの電車に乗れば、兎に角、”買え、買え、何も考えずに、買え、買え・・・”って脅迫されているような気分になって落ち着かない。
テレビは、テレビで、毎日、毎日、不況だ、不況だの連呼で、不況の実態を詳細にレポートしたところで景気が良くなるわけじゃないのに、よくまぁ、次から次への暗い話題ばかり集めてニュースにできるもんだと感心する。
街中を歩けば、人混みと騒音は、殆ど”凶器”にすら感じる。
肩が擦れた程度で睨みつけられたり、混雑した駅のプラットホームで、他人を突き飛ばさんばかりに駆け抜けて、謝りもせずに電車に駆け込む人。
その電車に乗り遅れたところで、多寡が5分や10分程度の差じゃないか。
その人にとって、その5分がどれほど人生において重要な5分間なんだろうか・・・・

”ここ”は、本当に居心地が悪いわ

08DSCN2431.jpg
時々、テレビや映画の映像の背景がニューヨークだったりすると、ついこの前まで、あそこにいたんだぁ・・という感慨が込み上げてくる。
”ここ”が特別、居心地がいい街というわけじゃないけど、急がず、慌てず、ゆったりと自分のペースで生活する人が多いアメリカは、酷寒と物価高とサービス業の”サービス”の悪さを除けば、案外、居心地がいい場所だったかもしれない。
今更ながら、離れてみて、いいところに気付くいつものパターンの繰り返しだ。

14IMG_7674.jpg
向こうで日系企業のシステム開発の仕事を、主に日本人スタッフを中心に一緒に働いたが、
一番、感じたことは、

日本人は、傲慢である!

特にアメリカの日本人がというわけじゃないと思う。
アジアの日系企業なら、もっと傲慢、無礼に振る舞っているんじゃないかなぁ。
これは、あくまで僕の個人的な感想であって、日本人一般論にする積りはないけど、それでも、やっぱり日本人の本性なのではないかと疑う程、傲慢さ、根拠のない自尊心を振りかざす日本人スタッフの姿を見ることが多い。

彼らの行動論理を支えている一つの思想は、酷い言葉になるが・・・

”日本人は優秀で、アメリカ人はバカ”

という考え方に尽きると思う。

09DSCN2449.jpg
何故に、このような短絡的な結論に至ったのか、簡単に説明すると、
当初は、アメリカ人スタッフを中心にプロジェクトが始まったのだが、その仕事ぶりが良くなかったそうだ。
日系企業のエクゼクティブ連中を納得させるほどのドキュメントを作れなかったそうだ。

結局、彼らアメリカ人スタッフを全部切って、代わりに大量の日本人スタッフを日本から高い航空運賃とホテル代を支払って、最初からプロジェクトをやり直している。

と、こんな風に書くと、やっぱり、アメリカ人はバカで、仕事ができず、だから、サブプライム・ローン、金融恐慌を引き起こすのだ!なんて論理が飛躍しそうだが、後々、やってくる日本人スタッフ達は、この簡単な経緯だけ聞かされて、バイアスの掛かった状態から現地、アメリカ人スタッフと仕事を始めるのだから、最初から見下して仕事をする。
予想通り、悪い結果を見ると、”やっぱりアメリカ人は・・・”ということになるし、ちょっとでもいい結果に出会うと、”すごいじゃん、アメリカ人もやればできるじゃん・・・”
てな感想になる。実に単純だ・・・

という状況を間近で見てきて、僕の最終結論は、

”アホで間抜けな日本のサラリーマン”

という一言に尽きる。
残念だけど、今回、この印象は決定的に僕の脳神経細胞にインプットされてしまった。
恐らく僕の遺伝子にも刷り込まれただろう。

まず、なぜ、当初のアメリカ人スタッフの仕事内容が悪かったのか、全く分析されていない。
結論まず有りきで、最初から、アメリカ人の仕事ぶりは、いい加減だという先入観の下で始めているので、結果がその通りでは分析する必要性も感じないのだろう。

例え、予想どおりだったとしても、
(予想して、そのとおり悪かったのでは、発注責任を問わねばならないのだが)
結果が悪ければ、その原因を追及するのが、”アメリカ的”なのだが、日本人にはそれがない。

アメリカ人スタッフに対する支持が的確だったのか?
(日本的な曖昧、かつ、云わなくても分かるでしょ?的な日本的な仕事のやり方)
彼らのパフォーマンスを最大限発揮できる環境を与えたのか?
そもそも、彼らを信頼して仕事を与えたのか?

己の問題点には全く目をつぶり、相手のアラだけ探して指摘して評価する日本的人事システムをそのまま持ち込み、アメリカ人スタッフを使って、日本の仕事をさせるなんて、日本人ぐらいしか思いつかないだろう。
その上で、アメリカ人の仕事はいい加減だなんて思うんだから、今から60数年前に、アメリカと戦争を始めたアホな軍部と精神構造も思考回路も変わらないんじゃないかな?
全く、進歩がない。

16IMG_7308.jpg
イヌマエル・カントの「永久平和のために」の中に日本について書かれている文章がある。
ちょっと長いが引用すると、

「ひるがえって地球上の文明国を眺めてみよう。
礼儀を備え、誇らかに商業を勤しむ国々が、如何に非友好的であるか。
よその土地、よその民族を訪ねるときの不正ときたら(訪問は征服とみなしている)、まことにおそうべきものである。
東インドでは商社の支店を設けるという口実のもとに軍隊を送りこんだ。
この点、中国と日本は、来訪者をよく見定めて賢明な対処をした。
日本人は入国をヨーロッパの民のうち一つであるオランダ人に限り、しかも、
囚人のように扱って自国民との交わりから閉め出した」


欧米列強がアジアの国々を次々と植民地化していくなか、鎖国を堅守した日本を評価した、今から200年以上前の哲学者の言葉だが、現時点においても通用する恐るべき指摘である。
若干、修正するならば、今の日本は、「軍隊の代わりに”アホで間抜けなサラリーマン”を送り出し、自国民を囚人のように取り扱う」と書けば、実態に近づくだろう。

海外に行けば行くほど、日本の素晴らしさを実感するのも確かだが、
今回ばかりは、それプラス、日本人のアホらしさを実感した。
自覚のないバカほど始末の悪い生き物はない。
今度ばかりは、さすがに絶望した。

いつも、”ここ”ではないどこかを探していたが、”ここ”にも”ここ”でもなかった。
若しかしたら、僕が探している”ここ”とは、”それ”がいない場所なのかもしれない。

ただ、実は、”ここ”がどこにあるのか、最初からわかっていた。
”ここ”へ行く決心がつかなかっただけ。
もう、大丈夫、自分は揺るがない。

To Be A Rock, Not Roll

もうすぐ、そこへ行く。
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jun☆taro
お久しぶりです。
カントの『永遠平和のために』(あ、私が読んでいるのは岩波文庫版なので、このタイトル)、なんと今日ちょうど読んでいたんですよ。びっくり。

日本人って、アメリカ礼賛してみたり、バカにしてみたり、両極端に振れがちですよね。てか、上下関係でものごとを判断しがちな傾向は、確かにあると思う、日本の世間。私は嫌いですが、そうやって勝ち負けとか上下関係でものごとを判断するのは。

そういう傾向の強い人って、「事実の認識と価値の判断を分けるという、科学的な(語弊があれば、客観的な)思考の訓練を経ていない人」というように、判断するようになりました。遠まわしな言い方ですが、要するに「バカ」ってことです(笑)

やっぱり、仕事でもなんでも、人の話しは良く聞かないと、ですよね。と、自分にも言い聞かせ。
2009/04/04(土) 23:58:12 | URL | [ 編集]
はにゃ
日本のシステム・エンジニアは、一般的には理数系の人間に分類されると思いますが、この業界に20年も関わった者から見れば、実に情緒的、感情的に仕事をする人たちが多い。
論理的、科学的、合理的・・・それとは、とても交わることのない世界が、ニッポンのソフトウェア産業ですわ
2009/04/05(日) 18:37:33 | URL | [ 編集]
jun☆taro
>論理的、科学的、合理的・・・それとは、とても交わることのない世界

それは、「論理的」と当の御本人たちがおっしゃる、いま勉強している法律学&法律家の世界でも、同様のことを感じています。

情緒的、感情的な部分、それじたいは本来、プラスに作用するものだと思う(私はどちらかというとそういうものを大事にしたいところもあるのですが)、けれど、それが傲慢さと結びついてしまうと、いろいろ危険ですね。

何よりも、生産的ではない。同じ水を飲んでいない者同士との対話が成立しなくなってしまうから。

私のように他領域(私の場合は経済学)からやってきた外国人に対して、法律家たちは傲慢かつ冷淡です。感情的な批判をたびたび受けてきました。そのたびに、考えることは、「それでもどうしたら対話が可能になるだろうか?」ということ。

その答えは、古典にもどることにあるのかなぁ、なんて考えて、カントまで戻ってしまったりします。実際、たくさんの対話のための手がかりがあるように感じます。

でも、その前に、自身の傲慢さを消すことからかな、と。そんなときに冷水を浴びせるような効果があるのが、論理の力かな、と思ったりします。

はにゃさんのブログ、時々訪れては一気読みしております。そのたびに、いくつか、「私の言いたいことをもっとうまく表現してくれている人がここにいる」というような感慨を持ちます。で、繰り返し読む、と。泣けます、かなり。
2009/04/05(日) 23:33:56 | URL | [ 編集]
はにゃ
日本人にも素晴らしいところがたくさんありますよ。
それは重々承知しています。
それでも、僕がそんな日本人に違和感を感じるのは、
日本人が作り出したと思い込んでいる素晴らしい文化や伝統や技術は、
けして日本人独自に生み出されたものではなく(もちろん完全にオリジナルなものもあります)、
様々な外部(海外)からの影響を日本的感性で造り直して”日本製”として送り出しているのに、
その原点に対する尊敬の念がないというか、すっかり自分たちの文化、伝統、才能であると思いこんで、
結果、日本人は優秀で、外国人は劣っているという見下した態度を無意識に取っていることです。

IT産業では言えば、基本ソフトウェアのWindowsはアメリカ製、Windows上で動作するミドルウェアも殆どアメリカ製(海外製)。
殆どアメリカ製のソフトウェアをベースにその上に乗っかる”業務システム”だけを作っている国民と
どちらが優秀かなんて比較できることではないが、
少なくとも自分たちがオリジナリティ溢れる製品を作っている思い込んでいるとしたら勘違いも甚だしいと思います。

日本人のいいところは、全くのオリジナルなものを生み出す能力は弱くても、
既に生み出された技術を、さらに精度を高めて新しい技術や文化に昇華させる能力に長けていると思います。
アメリカ人にも長所があり、日本人にも長所があり、お互いの長所を認め合い、その上で作業をすれば、
10億掛ったプロジェクトも、4億、5億で済んだかもしれないと思うと、
日本人(エンジニア)の独善的な考え方が、時間もコストもアホみたいに無駄遣いし、
最終的に、”日本人は凄い”という自己満足だけの
ゴミ・システムを世界中にばら撒いているのだとしたら、
ペットボトルや空き缶の回収、リサイクルに勤しむ前に、それらゴミ・システムを回収した方が
よほど、地球環境のために役立つと思う今日この頃です。

・・・長いが、一気に書き切ったわ
2009/04/06(月) 08:53:52 | URL | [ 編集]












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