アジアの果てへの旅~インド・タイ・バリ島・カンボジア・ベトナム・ラオス・ニューヨーク旅行記

英語ダメ、汚いのダメ、小心者でメタボな不惑の男のインド、タイ、バリ島旅行記。汗と涙と牛と牛のウンコと下痢との戦いの記録。怒涛の一人ボケと突っ込みの嵐

◆ ブログ内検索

◆ カテゴリー

◆ 最近の記事

◆ タグ一覧(お探しのキーワードをクリックし

◆ ブログ全記事表示

全ての記事を表示する

◆ 最新コメント

◆ ブロとも申請フォーム

この人とブロともになる

◆ リンク

このブログをリンクに追加する

◆ メールフォーム

名前:
メール:
件名:
本文:


◆ アジアの果てへの旅-全体

スポンサーサイト
上記の広告は1ヶ月以上更新のないブログに表示されています。
新しい記事を書く事で広告が消せます。
【--/--/-- --:--】 | スポンサー広告 | トラックバック(-) | コメント(-) | page top↑
亡き王女のためのパヴァーヌ
11IMG_7067.jpg

「コレヒトの言葉」・・・旧約聖書

なんという空しさ、なんという空しさ、全ては空しい。
太陽の下、人は苦労するが、全ての苦労も何になるだろう。
何もかも、もの憂い。
語り尽くすこともできず、目に見飽きることもなく、
耳は聞いても満たされない。
嘗てあったことは、これかもあり、
嘗て起こったことは、これからも起こる。
太陽の下、新しいものは何一つ無い。
私の心は、知恵と知識を深く見極めたが、
熱心に求めて知ったことは、結局、
知恵も知識も狂気であり、愚かであるに過ぎないということだ。
これも風を追うようなことだと悟った。
知恵が深まれば悩みも深まり、
知識が増せば、痛みも増す。
わたしはこう呟いた。
「快楽を追ってみよう、快楽に浸ってみよう」
見よ、それすらも空しい。

2008年のインド旅行の時に、日本の書籍を多く取り扱っているメインバザールの古本屋で手に入れた本にこの言葉が書かれたあった。
聖書とヨーロッパ文化についてのエッセイだったと思ったが、本のタイトルも大まかな内容も忘れてしまった。
その中にこの言葉が紹介されてあった。

旧約聖書からの出典なので、恐らく2000年以上前の人の思想なんだろうけど、今、改めて読み直してみると、一言一句、全くその通り!手で膝を叩きたくなる言葉だ。
この文章が旧約聖書の中でどういう位置づけの言葉なのか聖書に疎い僕にはさっぱりわからないが、結局、生きることは虚しさとの格闘なのね。
快楽にすら虚しさを感じるようになったら、人は何にを希望を持てばいいのだろうか。。。

24DSCN2713.jpg

25DSCN2711.jpg
先日、約20年ぶりにアルベール・カミュの「ペスト」を読み終えたところに、グッド・タイミング(?)で新型インフルエンザ発生のニュース。
メキシコでの公共施設の閉鎖や外出制限のニュースを見ると、小説「ペスト」がよりリアルに感じられた。

久しぶりに読んだけど、覚えているエピソードもあれば、完全に忘れているエピソードもあった。
カミュと云えば、実存主義、不条理文学のサルトルと並ぶ第一人者であるが、10代で始めて読んだときは、不当な暴力(ペスト=ナチス、戦争)に対し、無名の市民の団結と抵抗だけが唯一の手段であるという本書のテーマに単純に感動したが、この年になって読み返してみると、10代の頃と同じように感動する部分も勿論あったが、どちらかと云えば違和感の方が多くなっていることに自分でもびっくりした。

なんら罪のない子供がペストによって命が奪われることに対し、神の不在を説いたとしても、そもそもキリスト教、ユダヤ教の神様は、無償の愛も与えてくれるが、身の毛もよだつ罰も与える。
そういうもんじゃないか、と年を取った分付いた余計な知識で反論したくなる。

完全に忘れていたエピソードの中に、死刑反対についても書かれたいた。
死刑は、国家による正当な暴力である。
確かにそう思う。

この物語で、一番忘れられない人物は、ジャック・タルーだろう。
彼の行動、思想は、もともと印象に残っていたし、今、改めて認識した。
最終的に、ペストとの戦いの勝利を目前にして神は惜しげもなく彼の命を奪っていくのだが、彼の生涯が象徴的で心に残ったわ。

何かを成し遂げたと思った時には、突然、最悪の事態がやってくる。
または、一番残って欲しいと思っている人に限って、先に逝ってしまう。

新型インフルエンザが今後どういう展開になるのか分からないが、できるだけ今のまま程度で終わって欲しいと、神様にでもお願いするしかないのかね。

最近は、さっぱり役に立たない神様だけどね・・・・
いい加減、そろそろ一つぐらい願いを叶えてくれよ。

01IMG_7947.jpg
最近、ラヴェルの「亡き王女のためのパヴァーヌ」に嵌っている。
ラヴェルと云えば、「ボレロ」なんだろうけど、騒々しくて、余程、”ハイテンションな気分になりたい”気分の時ぐらいしかまともには聴けない。
しかも散々盛り上げるだけ盛り上げて、終わり方がドリフのコントのオチのようだ。
思わず、”だっふんだぁ”って突っ込みたくなる。

その点、「亡き王女のためのパヴァーヌ」は、どんなにいい気分の時にでも100%、確実に落ち込ませてくれる悲しい、愁いのあるメロディーで大好きだ。
悲しい時に聴くと、より一層、悲しみが深まる。

それだけ感情移入しやすい曲だが、タイトルの「亡き王女・・・」には特別な意味はないそうだ。
ラヴェル本人が何となくそんな感じだから付けたという、いい加減なタイトルだけど、僕には、この曲を聴く度に現実の”亡き王女”のことを思い出す。

その人のことを思い出しては、一時、十分に落ち込んでから復活するのだ。

お陰でちょっと元気になった。
また、旅に出る気力が湧いてきた。

・・・と思ったところで、何だか喉が痛いなぁ・・・
身体もダルイし、何だか熱っぽい。

若しかして、あれ?

まさかね




スポンサーサイト












管理者にだけ表示を許可する


トラックバックURL:

◆ プロフィール

はにゃ

Author:はにゃ
遅咲きのバックパッカー
人生とは、月を見たり花を見ること
心はいつもアジア放浪中

◆ 広告



◆ フリーエリア

◆ ブログランキング


copyright 2006-2007 アジアの果てへの旅~インド・タイ・バリ島・カンボジア・ベトナム・ラオス・ニューヨーク旅行記 all rights reserved. powered by FC2ブログ. designed by ダイエット.
上記広告は1ヶ月以上更新のないブログに表示されています。新しい記事を書くことで広告を消せます。