アジアの果てへの旅~インド・タイ・バリ島・カンボジア・ベトナム・ラオス・ニューヨーク旅行記

英語ダメ、汚いのダメ、小心者でメタボな不惑の男のインド、タイ、バリ島旅行記。汗と涙と牛と牛のウンコと下痢との戦いの記録。怒涛の一人ボケと突っ込みの嵐

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この悲劇を繰り返さないために・・・(2009年カンボジア旅行記)
プノンペンは別に観光都市という訳じゃないから、特に見どころって云えるものはないんだけど、
強いてあげるなら、トゥール・スレーン博物館。
別名、ジェノサイド(虐殺)博物館。
というか、これを見るため以外には、観光的には殆ど用のない街がプノンペンだ。僕もそのために来た。
アンコール・ワットとトゥール・スレーン博物館がカンボジア観光の最大の見どころですな。
前者は、クメール文明の輝かしい歴史遺産だが、後者は、人類史の汚点のような出来事が、このトゥール・スレーンと呼ばれる政治犯収容所で行われた。

詳細は、ウィキペディアのS21トィール・スレーンを参照してください

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元は学校だった建物を政治犯収容所として利用した。
中の様子はこんな感じです。

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全て、ここで殺されたと云われている人たちの写真が展示されています。

無知を曝け出して恥ずかしいが、実は、ここで子供たちも犠牲になったとは全く知らなかった。
それまでの知識では、クメール・ルージュの新国家建設の過程で、既に資本主義、近代文明に染まり切っている大人たち、特に知識人、資本家、商人、医者やジャーナリストなどは粛清の対象となったが、子どもたちはまだ、それらに染まり切っていないので、寧ろ、監視、監督、虐殺側に回ったと思っていたが、実際には、どういう理由で、子供たちが”反革命的”になるのか理解できないが、この収容所で犠牲になっていたことにまず、正直、びっくりした。

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拷問が行われた部屋。
骨組だけのベッドと壁には、その時の様子を描いた絵が展示されている。
拘禁反応と云って、長時間に渡り、逮捕、拘束が続くと、精神に障害を引き起こすことがある。さらにそれに拷問が加わると、苦痛を和らげるために、また、相手の期待に応えるために、やってもいないことをやったと云ったり、知らない事実も知っていると云ったり、
そのため、他の”反革命分子”の名前を挙げろと拷問されれば、全く関係ない自分の知り合いの名前を出しして、次から次へと犠牲者を増えていく。
ここから虐殺の連鎖が始まった。
しかし、彼らを責めることはできない。そうしなければ、楽に死ぬことができないからだ。
一度入ったら、二度と生きて出ることのできない刑務所だった。

05IMG_0140.jpg

06IMG_0141.jpg
独房なのか、留置所なのか。
一畳ぐらいの小部屋が、元教室だった場所に築かれていた。ここを一人で利用していたと思えない。
何人か詰め込まれていたのだろう。
トイレも水道もない。

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この事件の特徴は、多民族、多人種に対して行われたのではなく、自民族、自国民に対して行われたことである。
これと似たケースとしては、スターリンにより大粛清(これも実態が良く分かっていない)、中国文化革命時の大粛清(これも実態が分かっていない)、
北朝鮮の日常的な粛清など、殆どが共産主義国家で行われている。
どの国も指導者に権力が集中し過ぎている時に、このような事件を引き起こす傾向があるのだろう。

クメール・ルージュの場合、誰もが平等で、貧富の無い、幸福な社会を実現するために、この大虐殺事件を引き起こした。

人間は、凄い。
どんな崇高な理念を掲げて大虐殺が行えれるのだから、

この事件をカンボジアカンボジア人だけの問題だとして見ると、恐らく、いつまで経ってもこのような事件は無くならないだろうね。
殺された側は、もちろん罪はないが、殺した側の罪も中々訪えそうで訪えない。
実際、クメール・ルージュ崩壊後、この事件で裁かれた人は殆どいないはず。
というのも、この収容所に関係した人たちも、その後、口封じのために全員、処刑されたから。
罪を訪われたわけではなく、口封じのために。
虐殺に加担した人たちも、特別サディストでもないし、殺人が好きでもない。(そんな人間は稀だ)
たぶん、いい人たち、普通に人たちだったと思う。
家庭であれば、良き父親であり、良き夫であり、友人に愛され、良く働き、立派な社会人だったと思う。
そんな人たちでも、ある状況かに置かれると、自分の生命を守るために虐殺者となる。
もし、自分も同じ状況に置かれたら。
ある囚人を自白されないと、自分の処置が生ぬるいからと指摘され、遂には、反革命分子に自分も疑われてしまう恐れがある環境下にいる場合、絶対に、自分だけは、虐殺に加担しないと言い切れるだろうか?
(それ以前に、そんなことをさせる政府を作らせないことも大事だが)

おそらく虐殺というのは、何ら落ち度のない普通の人々が、これまた何の落ち度もない普通の人々によって意味なく殺されることなのだろう。
今も、どこかで行われている。間違いなく。

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クメール・ルージュは、ベトナムが支持するヘンサムリン政権によって撃退され、この収容所の存在が明らかになるのだが、
そのため、この収容所には、ヘンサムリン政権を正当化するベトナム政権のプロバガンダ的要素がある。
これを見た率直な感想を云えば、実は、余り、その悲劇性が伝わって来ないのだ。
カンボジアとしての当事者意識が低いというか、何か、どこかの海外勢力がカンボジアで虐殺を行って自分たちは関係ありませんみたいな、他人事のような冷めた印象を感じた。
来場者も海外旅行者が殆どで、カンボジア人らしき来場者は一人も見かけなかった。
この国では、この事件を真正面から受け止める用意がまだ出来ていない感じがした。
もう少し、時間が掛るだろう。

因みに、クメール・ルージュを支援していたのは、中国とアメリカで、中国はその思想から云って当然だと思うが、アメリカ場合は、ベトナム憎しの感情で、クメール・ルージュを支援した。アメリカの自由と正義はいい加減で、胡散臭い。
そのアメリカ大好きのカンボジア人もかなり胡散臭いが・・・・

最後に、クメール・ルージュ支配当時のプノンペンと現在のプノンペンを比較した写真が展示されていた。
瓦礫の廃墟と化した街から、よくぞここまで復興したもんだと、涙が出そうになるくらいに感動した。
人間本来の役割を正しく用いれば、廃墟の町もネオン輝く街に作り変えることができるんだよね。
まだまだ、ぜんぜん、貧しいけども・・・

がんばれ、カンボジア!もうちょっとだ。

さて、夜のパトロールに出かけますか。

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