アジアの果てへの旅~インド・タイ・バリ島・カンボジア・ベトナム・ラオス・ニューヨーク旅行記

英語ダメ、汚いのダメ、小心者でメタボな不惑の男のインド、タイ、バリ島旅行記。汗と涙と牛と牛のウンコと下痢との戦いの記録。怒涛の一人ボケと突っ込みの嵐

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すべての謎が解けた(2009年タイ旅行記)
じっちゃんの名に掛けて解くと誓ったあの謎の解答の前に、ウドンターニ-とはどんなところか。
当たり前だがうどんが名産ではない。(日本食レストランのFujiがあれば、ウドンでうどんが食べられたのに・・・)

この街は、珍しく鉄道駅前に大きく、かつ、新しいマーケットがあって、そこが最も賑やかな場所になっている。
僕が泊まったトップ・マンションからも徒歩7分程度で、実に便利な場所に泊まったもんだとパムに感謝する。
ゲストハウスは、トップマンションがある通りと、バス・ターミナル周辺に多い。
つまりどこに泊まっても便利あることに変わりない。

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ここのマーケットは、駅前の道路を挟んで2か所に分かれていて、一方が若者向けのファッションタウン的なマーケット。
内部に生ライブが聴けるビアホールがあって、夜は地元の若者たちで賑わっている。
ウドン・ボーイズ&ガールズの溜まり場的マーケットだね。
もう一方は、昔ながら食材マーケットだが、新築です。
だから凄くきれい、清潔感があって、嫌な匂いもしません。
それと物価が安いです。タイ全土を回ったが断トツ1位だと思う。
何食べても上手いし、何食べても安い。
朝食にご飯に総菜に焼き鳥もつけて25バーツ。ありえへん安さです。

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これはイサーン名物らしいけど、焼き肉バイキングが99バーツ。肉が新鮮で超劇ウマ!
カロリーさえ、体重さえ気にならなければ毎日食べてくらいの絶品です。
これも市場近くで頂けます。見ているだけでまた食べたくなるぅ~

ウドンターニ-のもう一つの特徴は、トゥクトゥクが超カッコいい!
見てよ、この写真を。

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どう、かっこよくない?アメリカンな感じしない?
タイに滞在すること延べ日数なら70日以上、ウドンターニ-で初めてトゥクトゥクのディーラーショップを見た。ピカピカの新品のトゥクトゥクよ。

バンコクとかで見かけるトゥクトゥクと様子が違うでしょ。
こちらのトゥクトゥクは、バイクを改造したトゥクトゥクなんだよ。それも態々、ハーレー・ダビッドソンに似せて作られている。
トゥクトゥクの歴史をウィキで調べてら、元々もは、日本の郵便収集の三輪自動車で、それを四輪自動車に交換した際、古い三輪自動車をアジア諸国にODAとして提供したことがそもそもの始まりなんだって。
それを改造して今のトゥクトゥクになった?ホンマか?
だとしたら、ここのトゥクトゥクは、間違いなく別の物からこの姿になったに違いない。
たいして産業も観光資源もなく、タダでさえ持て余し気味のウドンターニ-のトゥクトゥク業界で、こんな新車を買えるほど潤っているのか、不思議に思いません?
最初、不思議でね。誰が買うんだろうと思っていたら、実は、普通の一般家庭の人が買うんだって。
つまり自家用車代わりにトゥクトゥクを利用している。そして、暇な時は、トゥクトゥク・ドライバーになったりもする。
ベトナムのバイタク屋に近い感覚だね。

ウドンターニーという町は、物価も安く、人も穏やかで、それでいてそれなりに発展していて、多少なりともビアバーのような娯楽施設もあって、住むには快適な環境だと思う。そして、それを実践しているのファランたちがいる。
パタヤ、チェンマイ程ではないが、ウドンもちょっとしたファランたちのリタイヤ・タウンになっている。
ここのビアバーが少々どころかかなりお寂しい状態であっても存続できるのは、このファランのロング・ステイヤーたちがいるお陰だ。
彼らは何者か?
それはですね、彼らの大半が退役アメリカ軍人なのだ。
ここウドン・ターニーには、ベトナム戦争時、アメリカ空軍の基地があって、恐らく彼らは、現役時にウドンに滞在したことがあるんだと思う。
または、その時、それ以降に、ここでタイ人と家族を設けた人たちなのだ。

いよいよ、あの謎の核心に近づいてきた。
その謎とは・・・

なぜ、タイの観光産業、風俗産業に、タイ東北部(イサーン地方)出身者が多いのか?

僕がパムと出会ったのも、ウドンターニーに来たことも、全てこの答えを得るための必然だったのだ。

一般的な説明だと、タイ東北部=貧しいから、バンコクなどの都市へ出稼ぎに行く。
これは正しいだろう。でも、なぜ、観光産業、特に、風俗産業に多いのかの説明にはならない。
その分野の需要が多いから。
需要が多いのなら、何もイサーン地方の人に限らず、南部や中央部の人がたくさん働いていてもいい筈だ。
タイ東北部=可愛い女の子が多い。
これも正しいけど、可愛いなら他にもっといい仕事に有りつけそうな気がする。第一、タイの観光産業、風俗産業は、可愛いだけじゃダメなんだなぁ
プラスアルファが必要なんだ。
実は、イサーン出身の人には、このプラスアルファがあるんだ。
それは、英語力。(なんやそれ?)

1960年代に、イサーン地方にアメリカ軍の基地が置かれたことが、この地方の運命を変えたんだよ。
アメリカ軍がタイに来るまで、タイには観光地なんてなかった。観光産業自体存在しなかった。
アメリカ軍の保養地としてパタヤが開発された時から、タイの観光産業が始まったのだが、
その先駆けになったのが、米軍基地が置かれた、イサーン地方のウドンターニーやウボン・ラチャターニーなんだな。
大挙押し掛けてきたアメリカ人相手に商売が始まり、その商売のために、この地方の人たちは必死に英語を勉強したそうだ。
ベトナム戦争が終わり、アメリカ軍が撤退し、特需は終わったけど、この英語習得という伝統がこの地方に残ったそうだ。
パムちゃんも、17歳から独学で英語を覚えた。
(パムの英語はネイティブ過ぎて聞き取りずらい。もうちっとゆっくり話してくれると嬉しいんだけど・・・)
つまり、この地方の人たちは、そもそも英語が使える人が他の地域より多いのだ。

遂に謎の最終結論を書くときがきたぞ。

イサーン地方の人が観光、風俗産業に多いのは、素養としての英語力を生かせる職場がその分野に多いから。

つまり貧しいだけじゃないんだよ。彼ら、彼女らは、元々英語力を養っているから、自らの特技を生かした職場と云えば、最も相応しいのは、外国人を相手にする観光産業に職を得ようとするのは必然的でしょ。
学歴も経歴も必要ない、取りあえず英語が話せれば、何とかなるでしょ。特に風俗産業では

タイの観光産業と風俗産業は表裏一体の関係だから、そのうちの一部が風俗産業にも流れていく。
だから、ビアバー、ゴーゴーバーで女の子の出身を聞くと殆どがイサーン地方出身者ということになる。

さらに付け加えるならば、そうした観光産業、風俗産業に職を得た諸先輩方たちの中に、めでたくファランと結婚するという究極のハッピーエンドを迎えた人たちが多数いることも、彼女たちにその仕事に対する期待を高めていると思う。

以上が結論です。

あーすっきりした。
長年の謎が解けた快感やね。

最後に、ここのウドンターニ-のトゥクトゥクは、米軍が残したアメリカン・バイクから作られたと思う。
この街のいろんな部分のDNAにアメリカを感じるなぁ



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