アジアの果てへの旅~インド・タイ・バリ島・カンボジア・ベトナム・ラオス・ニューヨーク旅行記

英語ダメ、汚いのダメ、小心者でメタボな不惑の男のインド、タイ、バリ島旅行記。汗と涙と牛と牛のウンコと下痢との戦いの記録。怒涛の一人ボケと突っ込みの嵐

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崖の上のラオ(2009年ラオス旅行記)
定刻より30分遅れでルアン・パバーン行きのバスが出発した。
何が原因で遅れたのか分からないが、アジアの旅ではよくあることなので別段気にしなかったが、今にして思えば、この遅れこそ(何かのトラブルがあったのか?)が、今回のルアン・パバーン行きのケチの付き始めだったのだが、それはまだ先の話。

ルアン・パバーン行きのバスには、昼食のクーポン券が付いている。4時間ほど走ったところで、場所はどこかは分からないが、一本道に一軒だけの食堂でバスは停車した。

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昼食は、アジアではお馴染みのトレーからお好きな総菜を2、3点選んでご飯に盛るだけのぶっかけご飯。
味は、そこそこ程度だが、朝から何も食べていなかったので、食が進む進む。
周りの雰囲気も長閑で、食堂以外は、山と水田と道路だけ。
クソ暑いを通り越して、死にたくなるような暑さの中、ガキが二人乗りしてチャリンコで駆け抜けていった。
ラオスの子供たちは、元気で良い。

ドライブインで3,40分ほど昼食を取った後、バスは再び、ルアン・パバーンに向けて出発した。
そこから、徐々に山岳ルートに入っていく。
一山登り切ったかと思えば、また、次の山が現れて登り始める。右にカーブすれば、体は左に振られ、左にカーブすれば、体は右に振られる。
遠くを見渡せば、延々と山ばかりで、その遠くの山々に薄く灰色の車線と何台か車が走っているのが見える。
始めは雄大な原始的な風景にただ唖然とするばかりだったが、それが1時間、2時間と続くうちに段々と不安になってきた。
”一体、この山道はいつまで続くのだろうか?”
(答え:ルアン・パバーンまで続きます)

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ガードレールが無い上下一車線の道路を、ドライバーは、市街地の走り抜けるようなハンドルさばきでバスを運転している。
しかし、こちらは2階席で視界も限られているから、一台車がすれ違う度に、ギリギリの間隔で切り抜けているような感じがしてヒヤヒヤする。落ち着いて座ってもいられない。

山岳ルートを1時間も走ると、町らしい町も見当たらなくなる。
時々、思いだしたように、小さな集落に出会うのみだ。
おそらくルアン・パバーン行きの道中では、最も山深い地域に達すると、家というよりは、小屋と呼ぶに相応しい粗末な建物に変わる。

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どの家も、その先が崖、斜面になっていて、一軒一軒が、小さな清水寺のような構造になっている。
斜面に浮いているように家が建てられている。
けして頑丈な土台とは思えないので、非常に危なっかしい建物だが、彼らにはそこしか住む場所がないのだろう。
まだ、この道路が舗装もされず、車も往来も少ない時は、彼らも道沿いのスペースに家を建てていたのだろうが、恐らく、道路の拡幅工事で崖側に追いやられたのではないだろうか?
そうでなければ、何も好き好んで、清水寺見たいな家の建て方をするとは思えない。

どこまで続くデコボコした山道に、寝るに寝れず、本を読みにしても、体が右に振られ、左に振られで、とても落ち着いて本を読める状態じゃないので、
次第に、ただ、ぼんやりと外を眺め、ひたすら思案の深みに落ちて行った。

電線が通っているので、電気は来ているのだろう。
パラボナアンテナを設置している家もあるので、テレビは見れる。
水道は通っているのか?
良く見ると、井戸がある集落もあれば、小川で水浴している人もいる。
ガスは・・・無理だな。どう考えても、ここまでガス管を通すのは、技術的にも予算的にも無理だろう。
驚くべきことに、こんな場所にも携帯の基地局が設置されていて、携帯が繋がるのだ。
(そんなもんより、先に作るべきものがあるだろうに)
この子たちは、学校に行っているのだろうか?
今まで走ってきた道のりで、小屋は見えるが、学校らしき建物は見ていない。(学校もあの粗末な小屋なのか?)
仮に学校に通っているとしても、恐らく、数十キロ先だろう。
どうやって通っているのか?まさか歩いて通っているのか?
何をして生計を立てているのだろうか?
山の斜面を開拓して、トウモロコシが植えられている。まるで枯草のようなトウモロコシで、あれで収入になるのだろうか?日々の糧になるのだろうか?
そもそも、なぜ彼らは、こんな不便な場所に住んでいるのだろうか?
目の前を観光客を乗せたバスが走り抜け、テレビも見て、世の中には文明的な暮らしがあるということは彼らだって知らないわけじゃない。
ラオスは、市場経済を導入したのだから町に出れば、それなりの仕事にありつけるだろうに、なぜ、彼らはここを離れないのだろうか?

もし、僕が、こんな場所で暮らそうと思うには、悟りの心境に達するための苦行とか、哲学の深淵について考察したいとか、何か高尚な目的でもない限り、とても住む気にはなれない。それでも精々、1日か2日、頑張っても1週間が限界だろう。

僕は、彼らに問いかけたかった。

あなたたちは、なぜここにいるか?

恐らく聞いても詮無い答えしか返って来ないだろう。

”さぁ?わかんねぇ”
”昔から住んでるからよ”
”他に行くところねぇ”

若しかしたら、彼らは、ただそこに住んでいるだけなのかも知れない。
昔から、先祖代々そこに住んでいるから住んでいる。としたら・・・そんな考えに辿りついたら、彼らに対し、畏敬の念というか、とてつもない崇高な存在に思えてきた。
なぜなら、僕が考えに考え抜いて、自分の哲学、思想の粋を持っても、1日、2日ぐらいしか留まることのできないステージに、彼は、それらを軽く飛び越えて、遥か数千メール上の高見で、僕には理解できない哲学、思想を持って、住んでいるとしたら、
僕が、幾ら望み、努力したとしても手にすることのできない境地に彼らが自然に、本能的に達しているとしたら・・・

そんな思考の旅をしていたら、彼らと話がしてみたい。
彼らの家を、走り抜ける車内からではなく、直に見て見たい。
彼らの暮らしぶりをもっと近くから見て見たい。
そんな思いが込み上げてきた。
その思いが、強く強く、頭の中から離れがたくなった時、奇跡が起こった。

タイヤが、パンクした。
(なんでやねん

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