アジアの果てへの旅~インド・タイ・バリ島・カンボジア・ベトナム・ラオス・ニューヨーク旅行記

英語ダメ、汚いのダメ、小心者でメタボな不惑の男のインド、タイ、バリ島旅行記。汗と涙と牛と牛のウンコと下痢との戦いの記録。怒涛の一人ボケと突っ込みの嵐

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生きる理由(2009年ラオス旅行記)
昔、ある人が、”わたしは、生きる理由がないと生きられない”と云った。
僕は、ありったけの言葉を尽くして、その人の考えを変えさせようと努力したが、最後まで考えを変えさせることが出来なかった。
6年前の事。
その時の僕には、その人を説得できる理屈も言葉も持っていなかった。
生きるのに理由が必要だなんて考えてもいなかったからだ。
人は、生きること自体が目的であり、その理由は後付けの理屈だと考えていた。
ただ、生きてれば楽しいじゃん、幸せじゃん、そんな単純な人間だった。(今でも、たいして変わっていないが・・・)

それから、暫くして、ハタと気がついた。
確かに人は生きる理由がないと生きられない。
どんな些細なことでもいい、人が生きるには理由がある。
愛する人がいるから。
愛する家族がいるから。
仕事、お金、名声、宗教・・・、なんでもいいんだ。何か一つでもあれば、それがその人の生きる理由になる。
今、生きている人は全て、ただ漠然と生きているように見えて、必ず、何か目的、理由があって生きている。
それを意識しているか、していないかの違いはあっても、理由があって生きている。
例え、その理由がただぼんやりとネットを眺めているだけの人でも、それが今日の生きる理由になっている。
もし、あらゆる希望や、夢や、目的が無くなったら人は生きていけるのだろうか?

キルケゴールは、絶望のことを、”死に至る病”と名付けた。
人が絶望するのは、夢や希望があるからだ。最初から何もなければ、絶望することはない。
しかし、人は、夢や希望なしでは生きられない。
それを失った時、人は生きることを止めてしまう。

アホで若かった僕は、全てが終わった後に気がついた。
その人が僕の生きる理由だった。いつも気づくのが遅い。

僕は、そのことが分かった時、生きる理由を失った時、生きる理由を探すことが僕の生きる理由になった。
それから暫くして、この旅を始めた。
なぜなら、その人が、二人でバックパックを背負ってアジアを旅することが夢だったからだ。
この旅のどこかに、僕の生きる理由があると思ったからだ。

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僕らのバスの前を走る別のバスが、エンジンの駆動を車軸に伝えるベルトが破損したらしく停車していた。
ベルト交換作業に付き合うことになり、人気のない山道で修理のため30分ほど停車した。
それを見ながら、自分のバスでなく良かったと思っていたら、修理が終わり、僕らのバスが走り出して30分ぐらいで、”プシュー”という嫌な音とともにバスが停車した。
今度は、僕らのバスがパンクした。
パンクした場所が、スピードが落ちるカーブだったから良かったものの、それがスピードが出る下り坂だったり、バーストして、致命的にバスを損傷させたりしたら、今日中にルアン・パバーンに着くどころではなく、3日後ぐらいの日本の朝刊の三面記事の片隅に名前が載っていたかも知れない。
因みに、実は、帰り道のバスもルアン・パバーンを出発して30分ほどでパンクした。
という訳で、ラオスのバスでの移動は一筋縄では行かないということを肝に銘じた方がいいです。
インドの鉄道、ラオスのバスは、予測不可能という点では、双璧でしょう。

それでもバスは、パンクしたままで20分ほど走ったけど、運転手もさすがに諦めたのか、遅れて出発した、先ほどのベルトを交換したバスに連絡し、その到着を待って、そのバスの予備のタイヤを交換することになった。

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タイヤ交換のため停車した場所は、10軒ほどの民家、兼、臨時即売所のような小屋が建ち並ぶ集落のあるところ。
先ほどから、見たい、会いたいと希っていた粗末な小屋の集落の中だった。
売店と云っても、一年以上はそこに置きっぱなしのようなジュースやスナック菓子と、山で捕れたトウモロコシや瓜などを売っているだけ。
トウモロコシは、茹でてあったが、実も小さく、全く味もしない。家畜の餌にしかならないようなものだったが、かなりお腹が空いていたので、それでも美味しかった。
道路から20メールぐらい奥に入ってところの小川では、一日の汚れを落とすため水浴をしている人たちがいた。
子供たちは、全裸で、女性たちは、ラオスの伝統的な衣服を身に纏ったまま、その衣服を上手にずらして体を洗っている。
バスの乗客たちが水浴している人達にカメラを向けていた。
おいおい君たち、自分の入浴風景を写真に撮られたら気分が良いかい?
しかし、公共の場所とパーソナルな場所の境界があるようなないよな集落で、テレビの「うるるん滞在記」を現実に体験しているような気分になった。

時間は夕暮れ時で、辺りは次第に暗くなっていく。
夜になったら、晴れていたら、満天の星空なんだろうなぁ・・・
遠くから上手に籠を頭で抱えた人たちが、二人、三人と次々とタイヤの修理を眺めている我々の前を通り過ぎて行く。
籠の中身は、今日の晩御飯のおかずなのか、ウリが入っている人が多い。
彼は一体、どこから来たのだろうか、そしてどこへ向かうのか。
大人たちに混じって、学校に行くぐらいの年の子達もいる。
ある人は、この道から、けもの道を分け入って山の中に向かう人がいる(この先に家があるというのか?)
カメラを向けると、猛烈に恥ずかしがって顔を背ける。
皆、背丈は小さく、浅黒い肌に、山仕事で汚れた衣服を着て、黙々と歩き去っていく。
ラオ語の”こんにちは”の”サバイディ”と尋ねても何も反応がない。若しかしたら、ラオ語が通じない山岳民族なのかもしれない。
バスに乗車していた日本の女の子が、ラオ語の指差し会話帳でコミュニケーションを試みているが、恥ずかしがるだけで期待する反応がない。
僕も彼らに掛ける言葉を持っていなかった。
完全に自然の中に溶け込む人たちに始めて出会って、掛けるべき言葉が無かった。
ただ唖然と通り過ぎる姿を眺めるしかなかった。

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次から次へと、道の彼方から、現れて、何も語らず、何も強請らず、ちらりと一瞥するだけで道の彼方へ去っていく。
彼らの日常に突如、現れた異物のような我々の存在など、彼らの歩みを止める価値などないかのように黙々と歩き去っていく。

彼らを見ていたら不思議な感動に包まれた。
本当にいるんだ。
こんな山以外に何もない場所で、原始的とまでも云わなくが、自然と一体となって暮らしている人がいることに感動した。
文明的な生活から1万光年くらい離れたような場所で暮らす人たちの生きる理由は何だろう。
毎日、何を思って彼らは生きているのだろう。
何も考えてないわけはない。何か考えているだろう。
でも、きっと、僕には計り知れないことだろうし、聞いたとしても正しく理解できるかどうかも分からない。
僕の浅はかな思考の範疇には納まりきらない世界で生きているのだろう。

日が昇り、起きて、食事して、山に仕事に出かけ、日が落ちる前に、帰路につき、途中の小川で山仕事で付いた泥や汚れを落とし、その小川から水を汲み、トウモロコシやウリで食事を作り、また、寝る。
恐らく、毎日、毎日、何年も同じような暮らしをしているのだろう。
大雨の時は、家が流されないか、崖崩れが起きないか心配で落ち着かない日もあるかもしれない。
日照りの時は、作物の出来具合におろおろする日々を過ごしているのかもしれない。
東に病気の子供がいれば、誰かバイクで町の病院まで連れて行ってあげたり、西に疲れた母がいれば、子供たちが籠を代わりに背負ってあげたり、南に死にそうな人がいれば、”大丈夫、みんないつかは死ぬんだから怖がらなくてもいいよ”と声を掛け、北に喧嘩をしている人がいれば、一緒になって喧嘩して、また仲直りして、そんな生活を送っているのだろうか。

彼らは、自然に生きている。文字通り自然にね。
自然と共に生きているという意味でもあるし、生きること自体が自然だということ。
本当は彼らのように生きたかった。

自然の中で、自然に暮らす彼らを見ているうち、何だか生きる理由なんてどうでも良くなってきた。
僕も彼らのように、ありのまま自然に生きたかった。
数か月先には役に立たなくなるような軟な知識で武装した暮らしではなく、強靭な肉体と精神と、今日を生きる糧と心通じ合う家族と共に生きたかたった。
と同時に、今の僕には、100年間精神を鍛え抜いたとしても、彼らのような暮らし、彼らのいる場所には届きそうもないと思った。
自分が探し求めていた生きる理由は、僕には絶対に手に入れることができないものだとやっと分かった。
僕は、生まれた場所を間違えたらしい。
彼らのようには生きられない。そのことに気づくのが遅すぎた。(いや、知っていた、最初から結論を先延ばししていただけだ)
もっと、若い時に、彼らのようの存在に出会っていれば、もっと違った旅になったかも知れない。

だいぶ時間が掛ったけど、僕はやっと旅が終われる場所を見つけた。
だいぶ疲れたけど、やっと分かった。

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