アジアの果てへの旅~インド・タイ・バリ島・カンボジア・ベトナム・ラオス・ニューヨーク旅行記

英語ダメ、汚いのダメ、小心者でメタボな不惑の男のインド、タイ、バリ島旅行記。汗と涙と牛と牛のウンコと下痢との戦いの記録。怒涛の一人ボケと突っ込みの嵐

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時間が止まった場所(2009年ラオス旅行記)
ルアン・パバーン2日目の夜、観光客がよく集まるサッカリン通りで、偶然、行きのバスで一緒だった日本人3人と見知らぬ男性が路上に腰かけて話し込んでいる姿を見つけた。
ルアン・パバーンは小さな町だし、旅行者が集めるエリアは限られているので、こういうことはよくあることだろう。
その4人と話し込んでいる内に、自称:エリート銀行マンのK君と、自称:教師のもう一人の男性と、そして、自称:ワールド・ワイド・ホームレスの僕との3人で飲みに行くことになった。

銀行マンのK君は、アジアのみならず、ヨーロッパまで足を延ばすバックパッカー、先生は、夏休みなどを利用して、夫婦で世界中を旅行している。
今年の夏休みは、7月末から夫婦でイギリスを旅し、帰国後、何故か先生一人だけラオスを旅していた。
3人で世界中の旅話でえらい盛り上がったが、そこにさらに、偶々同じレストランで食事をしていただけのチェンマイ在住経験のある、自称:フリーアナウンサーのSさんも加わり、さらにヒートアップした。
これだけ日本語で楽しく、しかも、全員初対面だというのに、旅の失敗談、経験談や、ルアン・パバーンについて、最後には風俗の話まで・・・時を忘れ、レストランの閉店間際まで、話が尽きることはなかった。
3人ともナイスガイ、ナイス・キャラで一遍で意気投合し、その勢いのまま、翌日、4人でルアン・パバーンの1日観光に出かけることになった。

翌日、Sさんと僕の希望で、近くで織物を作っている集落があるというので、トゥクトゥクをチャーターして出かけた。

織物作りの集落は、ルアン・パバーン中心地からトゥクトゥクで10分程度の場所にあった。意外に近いのでちょっと拍子抜けした。

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この日は、ラオス入りしてから、いや、この旅の全日程の中でも最高の天気で、自然の青空とはこんなにも青いものなのか、空を見ているだけで感激する。こんな青空があるだけでも、ラオスにちょっとだけ嫉妬する。
東京には空が無いと千恵子さんは云ったけど、ラオスにはあるよ、突き抜けるような青空が。

織物村は、十数軒の機織り工場、紙すき工場とそれらの直売店が軒を連ねる小さな集落。
僕らの他に、欧米人観光客が数人訪れていた。

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僕らが見に来たら、機織りを始めた調子の好いおばちゃん。
生まれて初めて間近で機織り風景を見た。
トンタントンとリズムよく麻糸を織り込んでいく。出来上がりは幾何学的な伝統的ラオス模様の織物になる。

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自称:フリーアナウンサーのSさんはタイ語が堪能なだけに、タイ語で話しかけて、染料の作り方などを聞き出していた。
この赤色は、もちろん自然の赤で、何かの樹皮を水で浸すと、こんな赤になるんだそうです。
紙の中には、象の糞から作る紙もあって、その現物も見たが、ちょっと触る気は起きなかった。見た目は他の紙と変わりません。
様々な模様、色とりどりの紙が作られていて、こんなカラフルな紙を一体に何に使うのか聞いてみたら、物を包む風呂敷代わりに使うんだって。
昔からそうなのか、観光用に考え出したのかは分からない。
素敵な紙だったけど、持ちかえっても使い道、飾り道がなかったので、お土産にするのは断念した。

04IMG_1452.jpg
この3日間は、ルアン・パバーンではお祭の真っ最中で、大きな特設マーケットや地域対抗のボートレースが行われていた。それに出かけている人が多いのか、村はひっそり静まり返り、歩いている人も観光客も少ない。

売店の店先で、先生と二人で腰かけて、何するわけでもなくぼんやり通りを眺めていたら、先生が、”僕らの子供頃の日本はこんなやったかね?(和歌山弁)”と云った。
僕の子供の頃・・・30、40年前だね・・・僕は東北の田舎出身なので、確かに、こんな感じで舗装されていない道がまだあったなぁ。
テレビは、もちろんあったけど、テレビゲームは無かった。携帯電話もインターネットも無かった。
携帯電話が無い時代、どうやって彼女と待ち合わせしたんだっけ・・・

僕は、先生に、”まるで時間が止まったようですね・・・”と云ったら、先生は、”ホンマやね”と頷いた。

昔は、日本もこんな感じで何にもなかったような気がするけど、とても幸せだった気がする。
貧しかったけど、心は大らかで豊だったような気がする。
機織り村の見学は1時間足らずで終わったが、この長閑な風景をずっと見ていたい気持ちになった。
木陰では小さな女の子が、さらに小さな弟をアヤしている。
飴を上げて、写真を撮ろうとしたら、猛烈に恥ずかしがるお姉ちゃん。それもなんだかいいと思った。

ここには、ラオスには、ラオスだけじゃなく、アジアの国々には、まだ、ちゃんと家族の風景があるのが羨ましい。
特に、僕には家族がいないので、尚更、羨ましい。
粗末な家かもしれないけど、お母さんは晩御飯の支度をして、家族揃って食事して、テレビ見て、お話して、当たり前の家族の風景がここにはまだあることが、それを見ているだけで癒される。

ラオスは、日本と比べるまでもなく、タイやベトナム、カンボジアと比べてもさらに発展が遅れている国だが、けして貧しい国ではないな。
家があり、食べるものがあり、家族がいて、子どもたちは、よく遊び、家の手伝いをし、昔、日本では当たり前だった風景がそこにあった。
とても貧しかったけど、とても豊かだった時代の日本と同じような風景がそこにあった。
もう、たぶん、日本人は取り戻すことのできな豊かさを、今だたくさん持っている国。
そんなこと考えると、ラオスには、到底、勝てないな、我が日本は、そう思った。

僕は、先生にこう云った。
どうか、先生の生徒たちを一人でも多く、世界に飛び出す大人にしてくださいよと。
日本にいるだけでは、本当に日本の良さは分かりません。また、日本以外の国にも、日本以上に、このラオスのようないろんな意味で豊かな国がたくさんあります。
貧しさや貧困は、テレビのニュースや公共広告だけでは、本当の悲惨さがわかりません。
猛烈な悪臭を放つごみ捨て場の上に立つバラック小屋のスラム街の匂いはテレビでは伝わりません。
実際に、その場に行かないと、本当のことは分かりません。自ら体験したことだけが真実です。
また、日本にはない、素晴らしい豊かさを持った国が世界には、まだまだ、たくさんあります。
それを見ずして、日本が一番だ!と思い込んでいる日本人がたくさん増えないように、先生がここで見たことを、生徒たちに伝えて、ここじゃなくてもいいから、どこでもいいから、日本を離れて、世界に向かう若者を育ててください。お願いですよ、先生。

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瞬間(とき)よとまれ、おまえは美しい!
わたしの地上の日々の痕跡は、永劫へと滅びはしない。
その幸せの予感のうちに、今、味わうぞ、この至高の瞬間を


ゲーテ:「ファウスト」より

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テーマ:海外旅行 - ジャンル:旅行

collinson21
かなりまわっていますね。

僕もまだまだバックパッカーを続けます
2009/09/09(水) 22:06:05 | URL | [ 編集]












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