アジアの果てへの旅~インド・タイ・バリ島・カンボジア・ベトナム・ラオス・ニューヨーク旅行記

英語ダメ、汚いのダメ、小心者でメタボな不惑の男のインド、タイ、バリ島旅行記。汗と涙と牛と牛のウンコと下痢との戦いの記録。怒涛の一人ボケと突っ込みの嵐

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従軍慰安婦問題について
ついに我慢できなくて、久々、ブログに書く。

最近のネット右翼(好きじゃないけど、以後、ネトウヨと省略)の言動には、我慢できない。
特に従軍慰安婦問題に関するネットの書き込みの内容が酷過ぎる
上げ出したら切りがないので、書きだしたりはしないが、
殆どが、”便所の落書き”レベルにもならないものばかりで、
その”便所の落書き”に真正面から反論するのもバカバカしいのだが、
ここ1、2年、彼らの言動を見ていて、当初は、
”従軍慰安婦が強制された事実はない、ねつ造だ”という意見が大半だったけど、
最近は、”従軍慰安婦 = ねつ造”とえらく省略しているので、
始めて、これを見た人は、何か、従軍慰安婦そのものが存在していないのに、韓国側がでっち上げて、日本を攻撃していると誤解する人もいるんじゃないか心配になる。

さらに、最近の特徴は、

”従軍慰安婦 = 売春婦”

この図式も非常によく目に付くようになったと思う。
私が、久々にブログに投稿するのは、この件についてどうしても云いたいことがあるからだ。


一体、どういう気持ちで、”従軍慰安婦 = 売春婦”という図式を用いるのだろうか?
まさか、元従軍慰安婦の方々に対し、”売春婦”のような立派な仕事され、日本のために尽くされた功労者のつもりで、使っているのだろうか?・・・・まさかね。
恐らく(間違いなく)、売春婦を、蔑視、蔑むべき、恥かしい、愚か女性、汚い・・・幾らでも列挙できるが、
そういき気持を込めて使っているのだろう。
それによって、元従軍慰安婦たちを、彼らが考える売春婦と同じレベルの連中という枠にはめ込み、それを浸透されることで、従軍慰安婦問題そのものにケリを付ける魂胆なのだろう。

そもそも、売春のお仕事は、恥ずべき、蔑むべき、仕事なのだろうか?
そもそも、何ゆえに、彼女たちは、売春の仕事をするようになったのか?
売春婦一人一人、どんな人生を歩み、どんな考え、何を背負って生きているのか、
考えたこともないでのでしょう。
(普通は、考えない・・・考えない方が普通で幸せなのかも知れない)

そこで、私は、ある一人の元売春婦の半生を紹介し、
売春の仕事の実態を知ってもらい、その上に、”従軍慰安婦 = 売春婦”という図式について、
あらためて考えて頂きたい。

その元売春婦というのは、現、私のガールフレンド
もう、付き合って2年になり、今は、彼女の実家で、両親と彼女の娘と9匹に囲まれて生活しています。

彼女は、タイの北タイに近い田舎村で生まれました。
もちろん、”地球の歩き方にも載っていませんし、
タイの公式な地図やGoogleマップにも地名が出ないくらいの小さな農村です。

家業は、農家です。

北タイ、タイ東北部で実家が農家という言葉を聞いて、ピンと来る方は、かなりのタイ事情通。
観光でたまに来る人には、この言葉の本意を知る機会は、殆どないと思います。

北タイ、タイ東北部で、実家が農家だと言えば、"99% = 貧乏" という図式が成り立つ。
普通に”貧乏”なだけなら、まだ幸せな方で、”極貧”という言葉の方がピッタリはまる農家は、
探さなくても無数にある。
これが、北タイ、タイ東北部の農家の現状です。

彼女は、子供の頃の話は、余りしたがらない。
たまに話をすると、大抵、泣いている。
そして、”絶対に貧乏な暮らしには戻りたくない”
激しく怒りを込めて、はき捨ているように云う。

彼女の小学校時代が、恐ろしく悲惨な生活だったらしい。
家に食べ物なく、ご飯のおかずは、トウガラシだけという日も珍しくなかったという。
ご飯のおかずがトウガラシよ!想像できます?
家に1バーツもない時があったそうで、学校が帰りに、裕福でもない、普通の家庭の子なら、駄菓子屋によって
お菓子を買って、食べ歩きしながら家まで帰るのが普通なら、
小学校時代の彼女は、ただ、それを眺めているだけで過ごしたそうです。
友達もいなくて、タイでは、貧乏人の子というだけで相手にされないそうで、
2年間、彼女の故郷に住んでいるけど、一度も、一人も、彼女の幼馴染と呼べる人を紹介されたことがありません。
一度、”同級生とかいるの?”って聞いたら、”いるけど、全然、話したことがない”・・・それで終わり。

学校が休みの日は、両親と一緒に農作業を手伝い。
タイの農地の単位で、2ライ(確か、1ライ=400平方メートルだっと思う)の農地が彼女の実家の全財産。
日本の農家の農地の平均値が1.2ヘクタール(約110平方メートル)だから、大農家のように思わないでください。
2ライというのは、農家としては、最低規模の農家で、それ以下が無いくらいの零細農家だと思って差し支えありません。
現在、その畑は、他人に貸してるそうで、その賃料は、何と、8,000バーツ/年間。
月間でなく、年間で、8,000バーツですよ。
それも手間暇かけて、2ライばかりの農地で作物を作るよりは、余程、楽でいいわけで、
実際、その農地で、どれだけの収入あったのか、大よそ、検討がつくでしょう。

中学に進学しても、彼女の生活の状況は、変わらず。
しかし、貧乏人に対する差別、蔑視は、より激しくなる。

学校の先生は、20バーツやるから、胸を見せろと迫ったことがあったそうだ。
彼女は、20バーツを渡して、胸を触れたという。
本当に触らせただけなのか、それ以上は聞けなかったし、云わないだろう。
その話を始めて聞いた時、怒りと悲しみで、酷く驚いた。
日本なら、間違いなく、マスコミに叩かれて、懲戒処分だけでは済まないでしょう。

タイでは、学校の先生と云ったら、タイではエリート中のエリートで、
そこで彼女が抵抗したり、大騒ぎしても、相手にされるのは、学校の先生の言い分だけで、
最悪、彼女の方が警察のご厄介になる可能性の方が充分高いというのがタイの実情なのだ。
結局、泣き寝入り。

彼女の最終学歴は、中学校で終わる。
タイでは、高校まで授業料が無料だけど、義務教育は、小学校まである。
今では、高校、大学の進学率が大幅に上昇したけど、それでもまだ、小卒、中卒はいる。
40代、50代のタイ女性だと、小卒が結構いる。
彼女の大親友の仕事仲間の40代の女性は、小卒で、文盲だ。
以前、パタヤのビアバーで働いていた20代前半の女の子も小卒で文盲だった。
例え、授業料がタダでも、教科書代、給食費、制服代、一番、バカにならないのが交通費。
学校の数自体少ない上に、村から10数キロも離れた場所にある高校に通うには、スクーター、オートバイが絶対不可欠になる。そのガソリン代も必要。
どんなに勉強したくても、それを負担できなければ、例え授業料が無料でも断念せざろうえない。

彼女は、中学を卒業後、就職したのかと思ったら、タイでは法律で18歳未満の就労が禁止されている。
尤も、抜け穴だらけだろうし、仮にその法律が無かったとしても、
普通の会社(株式会社)で、中卒を採用するこは、まず、絶対にない。
高卒もかなり厳しい。
大卒以上の学歴がないと、株式会社に就職するのは非常に難しい。
最近では、大卒でも二流、三流大学でも難しくなっている。
コンビニのレジ打ち程度の仕事にしか有り付けないほど、超高学歴社会なのだ。

18歳まで就職できない彼女は、2年間実家の農業の手伝いし、
18歳になって、やっとバンコク郊外の宝石加工工場に就職することができた。
そこで彼女は、18歳から21歳までの3年間働いた。

月給は、月5,500バーツ、1日の勤務時間は8時間で、残業有ると、1日50バーツ上乗せになる。
残業代込みで6,000~6,500バーツが大体の手取りだったそうだ。
毎日、毎日、米粒より小さな屑宝石を選別し、ネックレスとか指輪に加工するそうだ。
細かな作業の長時間労働で、視力が急激に落ちたと云っていた。
その仕事を3年間続けて、その間、1バーツも賃金が上がらかったそうだ。
たった1バーツも賃上げ無しだよ!

タイは、物価が安い、月5,000~6,000バーツで生活できるのか・・・いいなぁと思った人は、金輪際、そんな考えを捨てて、忘れてください。

月5,000~6,000バーツで、バンコクで生活できるか? → できません。

田舎でも、できません。
生活するというよりは、もう、生きるだけで精一杯、
ギリギリのさらに上の超ギリギリの生活しかできません。
本当にただ、生きるだけ、生命を維持するためだけの生活です。
朝、昼、晩、三食を食べることはできません。頑張って二食(昼、晩)、一食半の生活もざらではない。

休みの日は、ショッピング? → できません。
彼女は、バンコクに3年間住んでいて、サイアムのショッピング街に始めて行ったのが、僕と付き合い始めた時が最初で、余りのバンコクの発展ぶりに、バンコク在住3年のタイ人の彼女が一番びっくりしていたのが印象的だった。

生活費をギリギリまで切り詰めて、
6,000バーツから家賃2,000を差し引いて、残りのお金から、毎月、両親に1,000バーツ仕送りしていたそうだ。
残り3,000バーツ、1日約100バーツの生活。
1か月ぐらい体験的にそういう生活はできるかもしれないが、3年間も・・・想像できますか?

同年代の子たちが、高校、大学と進学し、学生生活をエンジョイしている最中に、
ひたすら宝石工場で、我慢に我慢に重ねて、欲しいものがあっても、願うことさえもできない生活。
やりたいことも、夢も無くなる生活。

タイ語にも、”オットン(我慢する)”という言葉があって、
彼女は云う、”私は、20年間ずっと我慢ばかりしてきた、もう、我慢は嫌だという。”

何も知らない人は、いきなりこの言葉を聞かされたら、がっかりするかもしれない。
特に、日本人には、”我慢”が美徳の一つに数えられる風土がある。
タイ人の云う”我慢”は、日本人には、到底、想像できない辛く、厳しい、”我慢”なのだ。


彼女は、21歳の時に結婚した。
その結婚も2年半、初児(女の子)の出産後の1カ月目に離婚する。

この元ダンナは、典型的、もう、寸分の誤差もない典型的な無責任タイ男で、

1.金なし
2.暴力を振るう
3.女好き

という最悪三拍子の持ち主だったらしく、彼女の方から三行半を下したそうだ。

生後1カ月の娘を抱え、
両親は、病気(実は、HIVに感染している)で無職、
中学生の弟一人、
農地は既に人手に渡って、農業もできない。
別れた亭主は、一切、扶養しない。
生活保護制度はタイにはない。
親戚、縁者は、皆貧乏人ばかり。
中卒で雇う、会社は一つもない。


もし、あなたが、こんな状況に置かれた、どうします?
あなたならどうしますか?

有る人(知り合いです)が、売春婦については、”最近の若い人は、楽して、簡単にお金を手に入れようする”といって、嘆いていた。
その人は、女性です。
女性の方には、質問です。
売春したことがありますか?
売春することに全く抵抗はありませんでしか?
売春は、楽な仕事だと思いますか?

売春なんてやってことも、自分がそれをすることを想像もしたことが無い幸せな人たちには、
質問の意味も意図も理解できないかもしれない。


”頑張るしかないでしょう”・・・”何をどう頑張るの?、仕事がないのよ”
国は、行政は、全く何もしてくれない。

女性に限らず、男性でも、こういう状況に置かれた、何ができると思いますか?

もう、彼女には、選択の余地が無かったのです。

若い子持ちのバツイチの中卒女性が働ける仕事は、タイには、夜の仕事、風俗の仕事以外ないのです。
他に有れば、迷わず、それを選ぶでしょう。
それが無い限り、彼女の進むべき道は、一つしかなかったのです。

この状況は、何も何十年も昔の話ではありません。
今も状況は、全く変わっていません。
私が住んでいる村は、どの家庭も事情は同じで、そのためか、20代、30代の女性が非常に少ない。
子どもとお年寄りばかりの村なんです。
若い女性は、みな、殆ど例外なく、バンコクやパタヤに出稼ぎに行っているからです。
仕事は、分かりきったことですが、ビアバー、ゴーゴーバー、マッサージパーラーなど風俗関係です。
これは、この村に限ったことではありません。
北タイ、タイ東北部では、全く状況は同じです。

彼女は、バッグ一つと現金3,000バーツだけもって、村を出ました。
そこから、バンコク、サムイ、プーケット、ハジャイ、そして、パタヤ。

僕は、パタヤで彼女のお客として知り合いました。

彼女と知り合って、最初は、単にお客とビアバー嬢、単にビジネスだけの関係でしたが、
次第に、お互いの部屋を行きかうようになり、普通にデート(ビジネス抜きで)するような関係になりました。
毎日、今日のお客は日本人だったとかファランだったとか、仕事の不満や愚痴をこぼすようになり、
そうした会話の中で、自分が体験したことより、遥かに想像を壮絶する売春のお仕事の中身を知ることになりました。

ある日、彼女の部屋を訪ねると、顔面蒼白で、倒れていました。
どうしたのかと尋ねると、”疲れているだけ”だと云う。
ただ事でない、彼女の姿を見て、しつこく問いただすと、昨夜のお客がファラン(欧米人)で、
ここで、書くのも憚れるような内容の行為があったそうです。
私は、直ぐに、彼女を医者のところに連れていき、診断して貰ったら、全治1週間でした。

身を削り、HIV感染におびえ、それで手にするお金が、一人あたり1,000バーツから2,000バーツ。
700バーツまで値切る客もいる。
さらに酷いのが、やるだけやって、お金を払わずに消える客もいる。

彼女が、そこまでしてお金が欲しいのは、守るべき家族、養うべき子供がいるからだ。
よく、本当は、逃げ出したい、死にたいと言う、でも、できないという。
自分が働かなければ、誰が、両親や娘の面倒を見てくれるというのか。

また、彼女は、自分のことを、”トッカター(人形)”だとも云う。
実際、人格のない人形のように扱われているし、そう思わないと、やりきれないそうだ。

僕が知り合った時、彼女は、24歳だったが、
僕が40年間生きてきて背負った数々の重荷の何十倍のものを彼女は、一人で背負っていた。

そろそろ結論を書こうと思う。

皆さんは、それでも、売春婦は、軽蔑すべき、汚らしい職業だと思いますか?
一所懸命、自分にできることを全力で頑張って、自分以外の人の生活を支えるために体を売る仕事は、恥ずべき、蔑むべき仕事なのでしょうか?

”従軍慰安婦 = 売春婦”という言葉を見たとき、
ネトウヨたちは、常に”歴史認識 = 自分たちの認識”で物事を考えている節があるが、
はたして、”売春婦 = 事実認識”はお持ちでしょうか?

本当に知っているの?売春の仕事をしている人たちがどういう人たちで、どういう人生を歩んできたのか、ホントに認識している?

僕は、彼らの言動が、ネットに流れるたびに、自分の彼女のことを思い、
そして、従軍慰安婦になった韓国の女性たちのことを思わずにいられない。

場所は、タイだけど、まるで戦前の日本の農村部のTVドラマ”おしん”で描かれていたような世界が、未だにあるのに、今から70年、80年前の日本統治下の朝鮮半島で、従軍慰安婦になった女性たちがどんな境遇だったか、全く想像できませんか?
状況は、今と同じ、いや、もっと酷い状況だったと思うのが普通で、しかも、普通に売春婦になるのでさえ、絶望的な決断だったのに、況してや、日本人の軍属相手をさせられた女性たちの気落ちを察することはできないのだろか?
それほどまでに、日本のネトウヨたちの状況は、余裕が無くなっているのでしょうか?

私の意見は、従軍慰安婦が強制であったのか、無かったのか問題ではなく、
仮に、例え資料がなくても、強制された事例があったすれば、由々しき問題であるし、
全く、強制された事例が無かったとしても、
それで、従軍慰安婦問題の本質の何が解決できる(した)と言えるのだろうか?
強制でなかったから、全然OK、問題なし。
以上、終わり・・・ということですか?

弾薬も食糧も碌に至急せずに、国民を戦地に送り出しす国家が、従軍慰安婦だけは忘れずに用意する。
これが“民度”の高い国民の国家がすることだと、誇れることですか?
しかも、その女性たちは、日本が統治した朝鮮半島に住む、”日本人”ですよ。
戦争に負けて、朝鮮半島が解放されたら、その元日本人従軍慰安婦たちは、韓国人になったから、知らんぷりですか?


日本人として、従軍慰安婦になった女性たちに最大限の敬意と名誉回復と金銭保証すべきだと思う。

財政がひっ迫した状況で、震災復興に幾らでも予算が必要なのは分かるが、現在、生存している従軍慰安婦は、ほんの僅かだし、遺族を含めても何万人が対象になるわけでもなく、精々、数億、数十億程度の予算がどうして都合できないのか、それを韓国側から不誠実だと言われても、僕も全くその通りだと思う。

さらにお金だけの問題でない。
日本人として、日本政府の代表者でもだれでもいいから、
一言、従軍慰安婦の方々に、本当に申し訳なkった。
本当にありがとうございました。
と云えないのかね。
彼女たちは、日本人のために、身を削って働いたのですよ。
彼女たちのお客になった軍属たちの中にも、彼女たちのお陰で生気を取り戻した人は大勢いるでしょう。
何も感謝の気持ちもないの?

ネトウヨたちは、中国や韓国の人達について、口癖のように“民度”が低いという。
まさか、日本が、日本人が、”民度”が高いと本気思っているのだとしら、
恐らく、その人たちが”民度”の低い人たちなのでしょう。

もし、民度が高いのなら、人に優しくなって欲しい。
国家に優しく、国家に忠誠、愛国心の前に、まずは、人にやさしくして欲しい。
それが出来る国民の多い国、民族が、本当に”民度”が高いと言えると私は思う。

元従軍慰安婦の何から何まで、全てに共感しなくてもいいから、
ほんと一言、大変だったね。本当にお疲れさまでした。
日本人のだれ一人として、このことを云わないのなら、
僕一人だけであっても、この言葉を彼女たちに掛けてあげたい。

それしかできないから。

本当に申し訳ございませんでした。
どうか、健康で、長生きしてください。


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